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東京地方裁判所 平成8年(ワ)14003号 判決 1996年12月10日

原告

甲野春菜

右法定代理人親権者兼原告

甲野太郎

甲野花子

右三名訴訟代理人弁護士

森谷和馬

被告

乙山秋子

被告

労働福祉事業団

右代表者理事長

若林之矩

右二名訴訟代理人弁護士

平沼高明

堀内敦

加々美光子

小西貞行

主文

一  被告らは連帯して、原告甲野春菜に対し金五七八四万二六〇〇円、原告甲野太郎及び原告甲野花子に対しそれぞれ金五五〇万円及びこれらに対する平成五年三月一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告甲野春菜が自宅介護を受けることとなり、自宅介護が開始された旨の医師の証明書が原告らから被告らのいずれかに対して提出されたときは、被告らは連帯して原告甲野春菜に対し、自宅介護が始まった日から自宅介護が終了するまで、自宅介護が始まった日から一か月経過するごとに一か月につき金四〇万円の割合による金員を支払え。

三  原告らのその余の請求を棄却する。

四  訴訟費用は、これを三分し、その二を被告らの連帯負担とし、その余は原告らの負担とする。

五  この判決の第一項は仮に執行することができる。

事実及び理由

第一  原告らの請求

被告らは連帯して、原告甲野春菜に対し金二億三三一八万六一一〇円、原告甲野太郎及び原告甲野花子に対しそれぞれ金五五〇万円及びこれらに対する平成五年三月一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二  事案の概要

一  本件医療事故の発生

1  平成五年二月四日午後八時ころ、当時一歳一〇か月であった原告甲野春菜(平成三年四月二〇日生)(以下「春菜」という)は、引きつけを起こし四〇度の熱が出たため、最寄りの高津中央病院を受診した。診察を受けた春菜は「熱性けいれん」と診断され、解熱剤を処方されて帰宅した。

翌二月五日朝、春菜の体温は37.3度で、寝返りが打てない、立ち上がれない、お座りができない等の異常が認められたため、両親である原告甲野太郎及び原告甲野花子は春菜を被告労働福祉事業団の設置管理する関東労災病院(以下「被告病院」という)の小児科に連れていき、受診させた。被告病院では、被告乙山が担当医となり、診察を行った結果、精査のために春菜を入院させることとした。

2  入院した当初、春菜は催眠の傾向が強く、活気が乏しかったが、二月一二日ころからは表情も豊かとなり、食欲も出た。入院当初は座位が不能であったが、その後、母親に支えられて座れるようになり、更に、座位やマット上での寝返りも可能になった。ただ、立位では下肢に力が入らなかった。頭部のCT及びMRI検査では異常は見られず、髄液検査や脳波検査の結果も正常であった。

このような経過の中で、被告乙山は脳神経外科の医師とも相談した上、春菜に脊髄のMRI検査を実施することを決めた。右検査に先立つ二月二七日から二八日にかけて、春菜は外泊が認められて自宅に戻った。

3  平成五年三月一日、脊髄のMRI検査が実施された。MRI検査中には、患者が身動きをしないことが必要であるため、春菜は午前一〇時三〇分過ぎにトリクロリールシロップ(催眠剤)一〇mlとエスクレ(催眠・抗けいれん剤)二五〇mgを投与され、MRI検査室へ移された。ところが、春菜は検査室で覚醒したため、更にホリゾン(マイナートランキライザー)一Aが注射で投与された。しかし、それでも春菜は眠る様子がなかったため、被告乙山は麻酔薬を使用することを決め、ラボナール(チオペンタールナトリウム)七ml(一七五mg)を注射で投与した。ラボナール投与後、春菜の呼吸は浅表性となったが、酸素を吸入させたこともあって脈拍は正常であると判断され、午前一一時三〇分ころから予定どおりMRI検査が実施された。被告乙山は春菜にラボナールを注射した後、検査室を出て行った。

4  ところが、検査が終了した一一時五〇分ころ、春菜が心停止、呼吸停止に陥っていることが発見され、直ちに心マッサージ、気管内挿管等の救急蘇生措置が取られた。その結果、春菜の心拍と呼吸は回復したが、意識は戻らず、自律的な運動のない状態に陥ったままとなった。被告病院では、こうした春菜の状態を低酸素脳症と診断した。

5  その後、春菜は引き続き被告病院で治療と介護を受けていたが、平成六年三月、東大病院の小児科に転院した。更に、同年八月二二日には板橋区の心身障害児総合医療療育センターに入園し、平成七年六月二一日からは小平市の国立精神・神経センター武蔵病院に入所して、現在に至っている。

なお、平成六年五月には、川崎市より、低酸素脳症による四肢麻痺について、身障者手帳(一級・第一種)を交付された。

(以上の事実は、当事者間に争いのない事実及び弁論の全趣旨によって認めることができる。)

二  原告らの主張

1  被告らの損害賠償責任

春菜の前記一の障害は、麻酔薬であるラボナールの過量投与が原因である。一般に、ラボナールは、四ないし五mg/kg程度の投与で意識が消失して麻酔効果が得られるとされており、春菜の場合には、せいぜい五〇mg程度が適正な使用量であった。被告乙山が春菜に投与した一七五mgは、適正な使用量の三倍以上である。春菜はこうした多量のラボナール投与の副作用として、呼吸抑制、呼吸停止に陥ったものと推定される。呼吸停止や心停止が起きると、脳への血液の供給が減少ないし途絶し、脳の細胞は酸素不足から壊死に陥り、これが永続的機能障害をもたらす。春菜の場合も、酸素の不足から低酸素脳症に陥り、重篤な機能障害が発現したものと考えられる。

被告乙山は、本来の投与量を超える多量のラボナールを春菜に投与したばかりか、それによる重篤な副作用の発生が予見されたにもかかわらず、投与後は検査室を離れ、春菜の観察を怠った。これは、医師としての基本的注意義務の過怠であり、同被告は、民法七〇九条に基づき、原告らに生じた損害を賠償すべき責任を負う。また、被告乙山の使用者である被告病院は、民法七一五条に基づき、被告乙山と連帯して原告らの損害を賠償すべき責任を負う。

2  原告らの損害

(一) 過去の付添介護費

八四二万円

春菜は本件事故発生後、重度の運動機能障害により、二四時間の介護を必要としている。そして、春菜が医療機関に入院していた間(平成七年六月二一日に国立精神・神経センター武蔵病院に入所するまでの合計約二七か月間、八四二日間)は、母親の原告花子が泊り込み、付添いで春菜の介護に当たっていた。その介護費用は、少なくとも一日当たり一万円と見積もるのが相当であり、入院期間の八四二日分では八四二万円となる。

(二) 将来の付添介護費

一億〇七〇六万三六二五円

春菜は今後も、将来にわたって全面的な付添介護が必要であるが、両親である原告太郎及び原告花子としては、いずれ春菜を自宅に連れ帰って養育するつもりである。その場合、職業介護人に二四時間の介護を委ねれば、一日二万円は下らないところであるが、家族が職業介護人の手助けを受けて介護していくという方式を想定しても、その費用として一日一万五〇〇〇円は下らないと考えられる。五歳児の平均余命は七八年であり、これに対応するライプニッツ係数は19.5550である。したがって、将来の介護費用は、1億0706万3625円(1万5000円×365×19.5550)となる。

(三) 入院雑費

一〇九万四六〇〇円

春菜が医療機関に入院していた八四二日間の入院雑費は、一日一三〇〇円として、一〇九万四六〇〇円(一三〇〇円×八四二)となる。

(四) 住宅改造費 七〇〇万円

今後、障害を持つ春菜を原告の自宅で養育するためには、それに適した構造に住宅を改造する必要がある。例えば、自宅の一階ベランダから屋内に入るためのアプローチ及びその屋根の設置工事、一階の春菜の居室部分の増築等に要する費用は、少なくとも七〇〇万円である。

(五) 機器購入費 四〇〇万円

障害を持った春菜が自宅で生活するには、専用のベッド、リフト、ユニットバス等を新たに購入する必要があり、その購入費用は少なくとも四〇〇万円である。

(六) 自動車購入費 四五〇万円

病院への定期検診等の移動には、リフト等の設備を備えた特別仕様車が必要であり、その購入費用は、諸費用も含めて約四五〇万円である。

(七) おむつ代

七二四万一〇六二円

春菜は、常時おむつをしているが、その必要枚数は、一日当たり六枚である。現在はSサイズ(一箱三六枚入りで五五二〇円)のものを使用しており、右の割合で年間六一箱が必要となる。このSサイズを一五歳までの今後一〇年間使用すると、260万0051円(5520円×61×7.7217(一〇年のライプニッツ係数))となる。

一六歳からはMサイズ(一箱三〇枚入りで五五二〇円)のおむつを使用すると考えられるが、前記割合では年間七三箱が必要となる。六七年と一〇年のライプニッツ係数はそれぞれ19.2390、7.7217であるから、一六歳から八三歳までのおむつ代は464万1011円(5520円×73×(19.2390−7.7217))となる。

右合計は、七二四万一〇六二円である。

(八) 後遺症による逸失利益

四六六六万八〇八六円

春菜の障害は後遺障害別等級表の一級に該当し、労働能力喪失率は一〇〇パーセントである。基礎となる年収を四八四万三六〇〇円(平成六年産業計全労働者)、就労可能年数六七年として、五歳のライプニッツ係数9.635で計算すると、逸失利益は四六六六万八〇八六円となる。

(九) 後遺症慰謝料

春菜二六〇〇万円

原告太郎・花子各五〇〇万円

春菜の負った後遺症は最も程度の重い深刻なものであり、本人及び両親が被る精神的苦痛は甚大である。これに対する慰謝料としては、春菜本人分として二六〇〇万円、両親である原告太郎及び花子の分として各五〇〇万円が相当である。

(一〇) 弁護士費用

春菜二一一九万八七三七円

原告太郎・花子各五〇万円

本件訴訟の提起及び追行に要した弁護士費用のうち、被告らの不法行為と相当因果関係にある金額は、春菜につき二一一九万八七三七円、原告太郎及び花子につき各五〇万円(損害賠償額の各一〇パーセント)である。

三  被告らの認否及び主張

1  原告らの主張1の事実は、被告乙山がラボナール投与後の春菜の観察を怠ったとの主張を除き、認める。

2  同2の事実は争う。被告病院は、平成七年七月一日、原告らとの間で医療費に関する合意書を取り交わし、春菜の医療費は将来にわたって全額被告病院が負担することとしており、その額は、平成八年一〇月二三日の時点において、既に四〇〇〇万円を上回っているなど、誠実に対応してきている。原告らの精神的苦痛も、右治療費支弁により相当程度慰謝されているというべきである。

四  争点

原告らに生じた損害の額

第三  当裁判所の判断

一  春菜は被告病院の被告乙山による検査中に、麻酔薬であるラボナールの過剰投与により、呼吸停止及び心停止に陥り、蘇生措置により生命は取り留めたものの、低酸素脳症により、意識が戻らず、自律的な運動のない重篤な後遺障害を持つに至ったことは当事者間に争いがなく、右事実によれば、被告乙山の措置には過失があったものというべきであり、同被告は民法七〇九条に基づき、また、その使用者である被告病院は民法七一五条に基づき、連帯(不真正連帯)して原告らに対し、被告乙山の右過失によって生じた損害を賠償すべき責任がある。

二  原告太郎及び原告花子にとっては、結婚後六年にわたり待ち望んで生まれてきて満一歳九か月となった春菜が、右不法行為によって、突如として、意識がなく、自律的運動も見込めない状態となったものであり、脳幹機能が障害を受けているために、本件医療事故発生後三年半以上にわたって治療行為が施されたにもかかわらず、これらの症状は改善をみておらず、将来的にも症状の回復の見込みは少ない状況にあり(甲第一号証)、両親である右原告ら、特に春菜を産み、毎日いつくしみ育ててきた原告花子にとって、これによる精神的苦痛は計り知れないものであると認められる。当裁判所としては、被告らが賠償すべき原告らの損害の額について判断するに際しても、この点に特に留意することとしたい。

1  過去の付添介護費

春菜は本件事故発生後、重度の運動機能障害により、二四時間の介護を必要とする状態に陥り、医療機関に入院していた間(平成七年六月二一日に国立精神・神経センター武蔵病院に入所するまでの合計約二七か月間、八四二日間)は、母親の原告花子が泊り込み、付添いで春菜の介護に当たっていたことが認められる(原告花子本人尋問の結果)。その介護費は、原告花子本人尋問の結果によって認められる困難で、かつ、多大な精神的緊張と労力を要する介護の内容に照らせば、一日当たり八〇〇〇円を下らないものと認められる。したがって、入院期間の八四二日分の付添介護費は六七三万六〇〇〇円と認めるのが相当である。

2  入院雑費

原告花子本人尋問の結果によれば、春菜が医療機関に入院していた八四二日間の入院雑費は、原告らの請求どおり、一日一三〇〇円として、一〇九万四六〇〇円(一三〇〇円×八四二)と認めるのが相当である。

3  後遺症による逸失利益

原告花子本人尋問の結果によれば、春菜の障害は重篤であり、後遺障害別等級表の一級に該当し、労働能力喪失率は一〇〇パーセントであるものと認められる。これによる春菜の逸失利益は、次のとおりである。

本件不法行為時である平成五年の賃金センサス女子労働者学歴計の賃金は、年額三一五万五三〇〇円である。

本件不法行為時の春菜の年齢(一歳)における就労可能年数(一八歳から六七歳まで)の全期間のライプニッツ係数は7.9270(六六年のライプニッツ係数19.2010―一七年のライプニッツ係数11.2740)であるから、本件不法行為による春菜の逸失利益(得べかりし収入)は二五〇一万二〇〇〇円(一〇〇円未満切捨て)である。

なお、乙第二号証の一ないし五及び第三号証によれば、被告病院は原告らとの間で、春菜の医療費全額を負担する旨の合意書を取り交わし、これに従って医療費の全額を現実に負担していることが認められる。この場合、春菜の生活費は、春菜が入院している限りにおいては、右医療費の中に含めて被告病院が負担することになるから、春菜の逸失利益を算定するには、得べかりし収入から右生活費を控除するのが理論的ではあるが、春菜の年齢、母親である被告花子が受けた精神的苦痛の程度等にかんがみ、春菜の得べかりし収入から右生活費を減額することはしない。

4  後遺症慰謝料

春菜の症状は、脳神経については、外斜視、鈍い対光反射、聴性瞬目消失、嚥下障害等が認められ、運動機能については、痙性四肢麻痺の状態で四肢の随意運動はほとんど認められず、いわゆる寝たきりの状態であり、各所の関節に関節拘縮が生じている。知能については、覚醒と睡眠の区別はあるが、発語や言語理解は認められず、嚥下障害に対しては、経鼻胃管を留置して経管栄養を行っている。また、呼吸中枢の障害により、慢性呼吸不全の症状があり、日中は自発呼吸を行わせているが、呼吸運動は浅く、夜間は、気管切開による挿管を通じて機械により人工呼吸を施している。長期間のベッド臥床、栄養障害及び尿細管アシドーシスのため、骨粗鬆症となっており、移動、更衣、おむつ交換のような日常的ケア等によっても病的骨折が生じる可能性がある。しかも、脳幹機能が障害を受けているため、本件医療事故発生後三年半以上にわたって治療行為が施されたにもかかわらず、これらの症状は改善をみておらず、将来的にも症状の回復の見込は少ない状況にある(甲第一号証及び原告花子本人尋問の結果)。

一方、被告病院は、平成七年七月一日、原告らとの間で医療費に関する合意書を取り交わし、春菜の医療費については、自宅介護を行う場合の医療機器及び介護用品の提供を含め、将来にわたって全額被告病院が負担することを約し、これまでも誠意をもって春菜の治療及び介護並びに他の医療施設で春菜が治療及び介護を受けるための手配を尽くしており、金銭的にも、既に四〇〇〇万円を上回る医療費の全額を負担している(乙第二号証の一ないし五、第三号証)。

このような事情を考慮すると、春菜の後遺症についての慰謝料は二〇〇〇万円と認めるのが相当である。

5  両親の慰謝料

春菜はこのような状況にあるのであり、このようなわが子を見守る原告太郎及び原告花子の心情は推察するに余りあるが、原告花子は、その本人尋問において、さらに同原告の陳述書(甲第一一及び第一四号証)において、できる限り分かりやすく説明を加えており、当裁判所も、これによってその心情を推し量ることができる。

これによれば、原告太郎及び原告花子の精神的苦痛は、金銭に換算することが困難な程度に大きいと認められるが、これをあえて金銭に換算すると、その慰謝料は、右両原告各自につき、請求額全額である五〇〇万円(両親合わせて一〇〇〇万円)と認めるのが相当である。

6  弁護士費用

本件訴訟の提起及び訴訟の追行に要した弁護士費用のうち、本件不法行為と相当因果関係の範囲内にあるものとして被告らに賠償を命ずべき金額は、春菜につき五〇〇万円、原告太郎及び原告花子各自につき五〇万円をもって相当と認める。

7  自宅介護を前提とした損害

原告らは、右各項目の損害の賠償を求めるほか、春菜を自宅に連れ帰って介護する場合に要する損害の賠償も求めている。しかし、春菜の障害は、前記4認定のとおり重篤であり、呼吸の困難さないし人工呼吸の措置の必要から一日中看護者が目を離せず、また、骨粗鬆症となっており、移動、更衣、おむつ交換のような日常的ケア等によっても病的骨折が生じる可能性があるのであり、しかも、脳幹機能が障害を受けているため、本件医療事故発生後三年半以上にわたって治療行為が施されたにもかかわらず、これらの症状は改善をみておらず、将来的にも症状の回復の見込は少ない状況にある。このような状態からみて、春菜の看護は医療の専門家の手に委ねられるのが相当な状況にある。

もっとも、現在は、比較的全身状態が安定していることから、病院で行われている医療的ケアが維持され、外来通院できる療養環境があれば、自宅での介護も可能とされているが、この条件を満たすためには、自宅でも抗てんかん薬の服用、気管内吸引などの医療ケアを継続するほか、呼吸機能低下の場合の警報に注意するなど、二四時間の監視態勢を取る必要があり、また、反復する呼吸器感染、病的骨折、けいれん重積、胃食道逆流、気管の肉芽形成などの合併症に対処する必要があり、特に呼吸器感染については、MRSA(メチシリン耐性黄色ブドウ球菌)を保菌していることから重症化のおそれもあり、注意を要する状況にある(甲第一号証)。このような病状の中で、医療的ケアの維持その他の諸種の条件を満たしつつ自宅で介護するということは、不可能ではないものの、原告太郎及び原告花子にとっては、日常生活に関するどのような犠牲もいとわずやる、という心構えでなければできないことであり、それは原告太郎及び原告花子に対し、決して勧められるものではない。原告太郎及び原告花子が春菜を自宅に連れ帰りたいという気持ちは理解できるが、両原告が望むのは、このような状態になった春菜を連れ帰ることではなく、元気な春菜を連れ帰りたいということであろう。しかし、今となっては、それは不可能であり、それに代えて、現在の状態の春菜を自宅に連れ帰っても、事態が良い方向に向かって進展するわけではない。

春菜の病状が右のとおりである本件においては、原告太郎及び原告花子が春菜を自宅に連れ帰って介護することを前提とする原告らの損害賠償の請求を認容することは困難である。

ところで、右認定は損害賠償請求権が現在の請求として認容しうるかどうかに関する裁判所の法的判断であるにすぎないが、原告太郎及び原告花子にとってみると、この賠償請求が認められないということは、春菜を自宅に連れ帰って介護することが裁判所から否定されたのではないかと考えても無理からぬところがある。しかし、これは、当裁判所の本意とするところではない。そこで、当裁判所としては、春菜の障害の実情及び両親である原告太郎及び原告花子の希望を考慮に入れて、右損害賠償請求を全面的に棄却するのではなく、次のような条件付給付判決をすることとしたい。すなわち、原告太郎及び原告花子が諸々の困難な条件を考慮に入れてもなお、春菜を自宅に連れ帰って介護することを決意し、その結果、現実に春菜の自宅介護が開始され、かつ、自宅介護が開始された旨の医師の証明書が原告らから被告らのいずれかに対して提出されることを条件として、被告らに対し、連帯して春菜に対し、自宅介護が始まった日から自宅介護が終了するまで、自宅介護が始まった日から一か月経過するごとに一か月につき四〇万円の割合による金員(現時点で見積もる付添介護費及びおむつ代)を支払うことを命ずることとする。

右認定部分は、条件付定期金給付判決であり、このような判決は、損害が将来にわたって発生するものと認められる事案について、原告らの請求があり、かつ、賠償を命ずべき損害が将来請求として認容しうる程度に確定している場合に、することができるものと解される。本件においては、当該損害は将来にわたって発生するものであり、原告らは、仮に損害賠償の一時払い請求が棄却とならざるをえない場合には、予備的かつ黙示的にこのような条件付定期金給付判決を求めているものと考えられるのであり、また、認定の対象となる損害は、自宅介護が開始される場合という条件付ではあるが、将来請求として認容しうる程度に確定しているものと考えられるので、このような判決をすることも許されるものというべきである。ただし、自宅改造費、機器購入費及び自動車購入費については、費用発生の確実性がさらに低く、将来の損害としても、認定することが困難である。

このような条件付定期金賠償判決については、将来、物価の変動その他の著しい事情の変更によりその金額が現実の損害と比べて不相当となった場合にどのように対処するかという問題がある。この点について、平成八年六月二六日に公布された民事訴訟法(平成八年法律第一〇九号)一一七条は、著しい事情の変更を条件として、判決を見直す方法を提示している。ところが、右法律の附則八条によれば、右一一七条の規定は右新民事訴訟法施行の日(平成一〇年一月一日が予定されている)以降に第一審裁判所の口頭弁論が終結した事件についての判決にしか適用されないこととされており、形式的に考えると、本判決には右規定は適用されないことになる。しかし、本件訴えが提起されたのは平成八年二月一九日であり、双方当事者及び双方代理人の協力により迅速に弁論準備及び審理が進められ、その結果、九か月後である平成八年一一月一九日に第一審の口頭弁論が終結されたものであり、右のような経過により、右施行日を間近に控えた時期に終結されたこの事件の判決については、右規定を類推適用することが望まれるところである。すなわち、春菜の自宅介護が将来において現実に可能となった場合において、現時点で認容した一か月につき四〇万円という金額が、介護料の著しい値上がりその他の著しい事情の変更により、現実の介護に要する金額に比べて著しく不相当となったときは、右新民事訴訟法一一七条の規定により、金額の変更の検討がなされることが期待される。

当裁判所としては、両親である原告太郎および原告花子には、この判決も糧の一つとして、今後も、これまでと同様、春菜を見守ってもらいたいと考えている。

三  結論

以上のとおり、原告らの請求は、被告らに対し、連帯して、主文第一項及び第二項の金員の支払を求める限度で理由があるから認容し、その余は理由がないから棄却することとして、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官園尾隆司 裁判官永井秀明 裁判官渡邉千恵子)

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